キリがない事だけは分かる

群れの女の人達と上手くやるには、暗黙ルールを呑み込む他に、「とにかくその場を上手くやる事至上主義」にならないといけないのは、さすがに最近、少し分かって来た。
もしその場で「一貫した自分」というものを持とうとするなら、「一貫して保身に努める自分」くらいしか持ちようがなくなってしまうらしい。
そうでないと、形だけは群れの中にいても、大層嫌われてしまったりするらしい。


「あの人が嫌い」という話は女の人達が最も好む話題の一つだと、これまたかつても書いたが、その理由を聞かされても、ほとんど全部がオレには「…そんなどうでもいいことで」という感じで、そう思う自分もまたこの人達にとっては、守るべきルールは守ってないし、何かしら大幅にずれているので、嫌われたり避けられたりしてもしょーがないんだろーなー、と思っていたりする。


いろんな人の「あの人が嫌い」を聞かされて、それにいちいち頷いていたら、さっきと今とでまったく違うことを言わなければならない。
オレは大変不器用なので、人に合わせてその場その場でものを言う事ができない。それをやろうとするとキリがなくて、それをやるだけでまったく疲れ果ててしまう。
かくして、オレは女性集団の中に受け入れられて適応して暮らす自分というのは、ないものだと思うに至った。

それにしても、こういうのは女の人達全般の元来の性質というより、何かどこかでお約束を学習した果ての事なのだと思うが。
その学習の機会は、いつ、どこでどんなふうにやって来るのだろうか。
オレが堤防で釣り糸を垂れていた間とか、フライング発売のガンプラ探して隣町を自転車で駆け回っていた頃なのかも知れない。新日のプロレス中継見ていた間とかかもなぁ…。


が、こういう自分はあまりに「外部の人」過ぎて、案外集団の中の女性からは嫌がらせは受けなかったりする。