かつて、放り出した客がいる

思えば、そいつを放り出してから収入の好転は訪れたのだが。


まぁ、ひどかった。
どれだけ言っても水虫は治して来ないし(言い分・「俺のこれは水虫じゃない。ストレスで足が臭ったり皮が剥けてるだけだ」)、毎度体中の毛穴からすえたアルコール臭が立ち上るほど昼間から酔っぱらって来るし、来るたびにトリコモナスを感染して行くし、話をさせれば「世の中バカばっかりだ。俺は不遇だ話」しかしないし、さらには「俺はアンタにセックスしろと無理強いしないから、俺を男として見てくれ」などと訳の分からない事を毎度言うのである。
ある時、もういよいよ水虫の臭いとトリコモナスの臭い・それを感染させられる事に耐えられなくなり、あらゆる我慢が限界に達してそいつの前でえづいた挙げ句に嘔吐したオレは、「二度と顔を見せるな宣言」をしたのであった。


で、そのバカ客は現在、オレよりもかなり若い同僚女子のところに指名で入っているのだそうだが、彼女によれば「あいつ絶対にまだ高村さんに未練ありますよ。ずっと、高村さん呼んで二輪車できないかってしつこく訊いて来るんですよ」ということなのだが、「奴はどういう形でも金輪際、お断りするよ。本人にもう一度そう言っといてやって」とオレは返答した。
ちなみに、なんでその同僚女子にトリコモナスが感染しないかと言えば、そいつは服を脱ぎもせず風呂にも入らず、ひたすら酒を飲みながらその女子を相手に愚痴を言ってプレイ時間を過ごしているからである。


単なる金づると見なせば、確かにいい客であるかも知れない。
そいつは来るとかなりの確率でダブルを切る客だったし、持って行きようによっては、今そいつを引き受けてくれている同僚女子がそうであるように、仕事の正味ってやつはいっさい無しで、ただ、そいつの苛々する事限りない話を聞いているだけで済んでしまうのだ。
が、そいつについてはもう、仕事するのもしないのも耐えられなかったのだ。


で、現在そいつを引き受けてくれている年若い同僚さんも、「確かに、あいつ、ものすごくうざいですよね」とはきっぱり認めている。
「すごいよ、私は耐えられなかった」と言ったところ、「適当にタイミング見てうん、とか、ええ〜、とか、そうなんだ、とか言ってるだけで、あたし、ほとんどあいつの話聞いてませんから」とのお答え。
ああ、その手があるのか!
そういや、みんなそうやって客の話を受け流してるって言ってるかも。言ってるよな。
そうなんだよな。それができないとどうにも耐え難い客ってのは確実にいる。


かつて、パソコン通信時代にも周囲からは言われていた。「なおちゃん、まともにバカと話したって疲れるだけだよ」と。
いや、まぁそれはオレ本人もバカだからで、オレのバカ嫌いは同族嫌悪なんですがね。
それはさておき、オレは精神の具合がなんとかやっていけてる時には、バカはバカでも「前のめりに転ぶバカ」で、オレが許容できないのは「いつでも、いつまで経っても後ろ向きのバカ」なのだよね。で、うんざりしながらそいつらとまともに話をしちゃうんだよね。


で、ようやく気が付いた。くだんの同僚女子が最初からそうしているように、後ろ向きバカの話なんてのは、金をもらってでもまともに聞いちゃいかんのだと。
(ちなみに、「勢いだけで生きてると言ってもいい、ひたすら前に転ぶバカ」はお客としては結構好きな人達である。それはまさに「あー、わかるわかる」だから)


もううんざりなのにまともにその話を聞いてしまったり、相手が何を言いたいのかをより詳細に聞き出そうとしてしまって、まともに言葉を返してしまうから、オレは自分が嫌いなタイプのバカに執着されてしまうのだ。
そして、奴等の話なんかをまともに聞いてしまうと、貧乏神を引き寄せてしまう。


かように、現在でもオレは自分の仕事に必要なことをまだ把握しきれていない。