性なくして生活するという事のびっくりするような安穏さ

ここんところ、たまに考える事にそんなもんがある。


なんせ、十代前半から二十余年、この状態は二次性徴期以降の人生初と言っても過言ではないからな自分。
その人生初がなんで数年に渡って続いてるかって、これが、ものすごく安穏とした、日々の生活がサバイブである人間にとっては「これくらいの安らぎがないと生きていけんわ!」というような心地よさだからだな。
面白いのは、「彼氏(彼女でも良いんだけど)いなくて寂しくないですか」って訊いて来るのは、若い娘さんと男だけなんだよなー。


今日は娘の第一志望校の説明会なんかあったもんで、「娘と同い年の子供を持つおかあさん」という、これも自分と同じ属性の人達をたくさん見たんだけど、なんつうか、そういうものを遠ざけないと手に入らない安寧ってあるんだねぇ、と、彼女達が、そして自分も発しているであろうものについて納得してみたり。
なんかよく分からないもの身にまとってる同性達が、ある程度の年かさ以上になるとたくさんいるんだよなぁ。と今まで思って来ていたけど、もしかして、オレが今までよくわからないけど感じていたものってこれですか、と。


でも、仕事が仕事なんで、外でも、たとえそれが十代半ばの子供達の母親の集まりの中であってもたまにいる「まだそういう安寧とは縁がない人」を見たところで、仕事以外の場でも疲れたり威圧されはしないんだよな。
「あ、一般的にはまだこの安寧から遠い人は、安寧を得た人には引かれるのね」というのは分かったけど。
そして「ああ、オレも、もうこういう感じには戻らないんだなー」とも。
疲れたんだか飽きたんだか絶望したのか納得したのかよく分からないけど、サービス業のお仕事である現在の職業から離れたら、オレはもうこのままの安逸に引きこもるのだろうなぁ。


で、仕事でオレは彼女達のおつれあいである既婚男性達の相手をしてるんだけど、あの有様じゃあ、まぁ、皆様そうそうこの安寧からあちらにまた戻りはしなかろうよな。うん、オレ等の仕事も日本人男性の9割9部がセックスが下手(良くて「ひどく痛くもないし生理的に不快にもされないが、特に楽しくもない」で、たいていは「金で購われてなければ、逐一ストップを掛けるか注文をつけるかしないと耐えられない。そして1度か2度は金で購われていても負傷させられるので物言いをつける羽目になる」レベル)で、妻との関係性の問題に逃げ腰である限り安泰と。
それもそれで良かった良かった。