たぶん、こういうのも業界内ではよくある話

A嬢は離婚後子供達を施設に預けてうちの業界で働いていた。
A嬢は、外に託しはしたものの子供達の事を愛していたし、子供達もそんな様子だった。面接には頻繁に訪れていたし、毎晩、出来る限り施設の子供達に電話も入れていた。
しかしどうしても施設に預けた子供達に負い目があるらしく、子供達が欲しがったものはつい逐次買い与えてしまっていた。


それが彼女の現在の状況に関係あるのかどうかはさておいて、A嬢はギャンブルがやめられない人であった。
しかし、彼女の勤務ぶりは真面目だったし、指名もそれだけで十分食べて行ける本数を獲得していた。オレはてっきり、彼女は子供達ともう一度生活するにあたって、じゅうぶんな蓄えを作って万全の備えをしてからにするつもりなのだろうと思っていた。


さて、A嬢は独身子供なしのB嬢とルームメイトであった。
正確には、B嬢の部屋にA嬢がやってきて、2人は家賃のみを折半していた。
B嬢は人情家というか人のいい女性で、家賃光熱費こまごまとした生活雑貨は2人分を負担していた。A嬢はちょっとした豪快さんであったので、まぁ、気が回らないところもあるんだろうねとB嬢も含めた周囲は認識していた。
B嬢は本人が自負するところからして「家庭的な女性」(これを褒め言葉として受け取れるような)で、時々炊事することがあればA嬢のぶんの食事も用意したし、A嬢の子供達が外泊する際は、「親子水入らずになりたかろう」と自分名義で借りている部屋を明け渡して吉原近くのビジネスホテルに自腹で宿泊したりもしていた。
親子行事の折には、B嬢はA嬢と子供達のために弁当を作ってやるような甲斐甲斐しさを発揮していた。


さて、そんなこんなの挙げ句、この夏にA嬢はついに子供達と一緒に暮らせるはこびとなった。
勤務時間もいわゆる「早番」シフトにした。今まで夜番だった彼女の収入が落ちてしまうのは仕方ないところだろうが、まぁ「早番出勤で中番時間まで勤務」とはいえオレとて2人の子供ぶら下げて今なんとかなってるんだから、うちより子供の数がいてもより指名が取れている彼女はなんとかできるだろうなとオレはとても楽観的に見ていた。
A嬢の子供達はまだ小さくて、まだ本当に子供達に金がかかる時期にはかなり猶予があったし。(うちは息子が不登校になり、オルタナティヴスクールに行くという選択をした時点で「いきなり大学生を抱えたに等しい」教育費の高騰が起きたりしたが…)
また子供達と暮らせるようになった彼女が家の中での子供達の様子を話す姿は、とても幸福そうに見えた。


そして、秋になって店内から唐突にA嬢の姿が消えた。
皆、A嬢はどうしたのかと、仲の良かったB嬢に訊いた。B嬢は困ったように「あたしも連絡がつかないのよ」と言った。
もっと昼間働くにあたって条件のいい仕事場を求めてここからいなくなったのかな、と、至って呑気にオレは思っていたし、皆もそんなもんだっただろう。


が、店が混雑する週末、在籍する店の部屋がいっぱいで姉妹店に部屋借りに出た折、オレはたまたまそこで店からの迎えの車を待っている間、B嬢と2人きりになる機会があったのだ。
で、B嬢はその時携帯電話でよそと電話していたのだが、どうしても聞こえてしまったその内容から、どうやらA嬢の件はとんでもないことになってしまっているのだと今更、気が付いた。
そこから2晩くらい経って、店で帰りしなにオレはついにB嬢に訊いてしまった。
「あれって、突然いなくなった彼女の件だよね? 関係ない人間が訊いていいもんかどうかわかんないけど」
B嬢はもはや言葉を濁さなかった。


さて、実際今回A嬢がどうなっていたのかという話。B嬢が語ったところと、オレがそこから類推したものが混ざっている。
A嬢にはなにひとつ蓄えがないままだったらしい。そしてそのまま、どうしてもそうしたくて子供達との生活をスタートさせてしまったらしい。

今回、A嬢は引っ越し費用すらもよそから借りて調達していた。
うちの店に今も在籍していてA嬢よりも指名を取っている、かつて離婚にともなってやむない事情でお子さんを手放した経緯がある女子からと、それから、かつてうちの店にいて今は他店に在籍している、やっぱり気のいい女子から。
ここいらへんの人選は、あんまり見極めてのものだったとは思いたくないがどうもなんというか。どちらの女子もいい人なのである。かなりしんから善意の人である。
特に前者の女子は、自分がかなわなかった子供との暮しのためと言われたら、貸さずにはいられないタイプの人だ。


そして、おのおのから借りた額はものすごいものではないけど、オレ達でも少ないとは言えない額。オレなら閑散期に5日間通しで働いてようやっと稼ぎ出す額。うちの家賃と教育費を除外した生活費相当くらい。つまり、日常の手元で動く現金の全部1ヶ月分。
これ、不意の出費としてはかなりきついぞ。この仕事していたら数十万くらいは簡単に動かせると世間の皆さんは思ってるフシがあるけど、そういうもんではない。そういう状況ではないから、みんなずっとこの仕事。


で、今にしてみれば、その女子達からの借金が入金された日、A嬢は趣味のギャンブルにお出かけしていたんだそうな。B嬢によれば。
子供達との新生活をもってしてもA嬢はギャンブルから離れられなかったか。
そこはもう依存のレベルまでいってしまってるのだろう。オレは自分が簡単にギャンブルをやめてしまったから、やめられない人の事が分からないし分かっていないのだろう。
そして多分、それなりに稼いでいてもA嬢はそれを日々の中で奇麗に使ってしまっていたのだろう。あれやこれやの支払いに回す前に。


別に説教のつもりではなく、オレは前にA嬢(ちなみにオレとタメ年)と話していて言った事がある。「一緒に暮らしていて生活まで見てると、子供にいいところ見せられるのはこの仕事していてもワンシーズンに1度がいいところだねぇ」と。
おのおのの誕生日、クリスマス、冬のスキー旅行、それとはまた別に家庭内修学旅行。これがうちの連中にここ数年オレがやれてるスペシャルの全部。そんなもんだぜソープ嬢。でも、それくらいならしてやれる。
そんなことをオレが言ったのは、A嬢の子供達がおのおのポケモンの新作ソフトの2バージョンを欲しがってるとA嬢自身が語って溜息をついていた時だった。
どうやら何もイベントがない時に欲しがられているようなので、誕生日か、その頃はちょっと遠かったけどクリスマスまで待たせていいんじゃないの、ともオレは言った。
(ちなみにどうやら、オレは今年のクリスマスにはWiiを買わされるらしい。子供達2人分まとめてだし、まぁソフトは子供達が負担するっていうからどうにかなるだろう。うちはまだ子供達に関しては「義父母ポケット」があるので、恵まれてるんだと思う…)


どうなんだろうな。どうも水商売風俗業界で働く女子が世帯主である家の子供達は、両極端だ。極端にカネとモノを与えられているか、極端に何も与えてもらえないか。ここいらへん、オレ等はどうも上手くバランスを取れない。これはオレ自身が我が子に対してそうなってるだろうし。
離婚したり1人きりで子供を生んで母親になったりのかーちゃんであるところのオレ等の中には、自分の実家なり施設なりに子供を預けているケースも多い。で、どうもその方がより、母親である女子は子供の上に豪雨のごとく金とモノを降り注がせてしまう。どうしてなのかはともかくとして、A嬢もまた、それをせずにはいられなかったのだろう。
何が彼女にとっては一番の負い目だったのかは分からないが。


さて。
B嬢がオレと2人きりになったところで通話していた電話の相手は、A嬢が子供達と暮らす物件を借りた、そしてそこを管理していた不動産屋であったのだそうで。
A嬢は物件を借りるときに敷金と礼金と仲介手数料、前家賃1ヶ月は支払ったが、それ以降の家賃は1度も支払っていない、どうしたのか、と問い合わせが来たのだと。
で、なんでB嬢のところに電話が来たかと言えば、A嬢は賃貸契約の際の保証人には民間の保証会社を使ったが、万が一の際の荷物などの引き受けのための保証人というやつを、これまた人のいいB嬢が頼まれて引き受けていたのであった。
しかし、これがまたA嬢から説明された話とは違っていて、たしかに保証会社は入っているが、その保証会社が「とりあえずは」、保証人たるB嬢に未回収の家賃の支払いをさせたがっている、と。
…うーん。


その後、携帯電話も解約したのか強制解約になったかで音信不通になっていたというA嬢、B嬢のところに手紙を寄越したそうで。
家賃不払いのため強制退去寸前になっていた(通告は出ていた)住まいも、まぁかろうじてではあるが、なんとか不払い分を必ず払うという約束をとりつけて住み続ける事ができることにはなったそうだが。なので、迷惑はかけないとA嬢は言ったそうなんだが。
騙されたとか最初から計算ずくだったと思いたくない、とB嬢は話しながら涙ぐんでいた。その涙は少しでも彼女の気分を浄化しただろうか。B嬢にとって、A嬢は一番親しい友達であったし、だから彼女は信じた上で友達のためにやれることを限度までやったのだろう。なのに。


いろいろ思うに、あまり休まずコンスタントに出勤し続ける年収600万くらいの中番中堅女子(はい、これくらいで大衆〜格安店なら中堅ですが何か>吉原)でも、その生活はいいところ年収450万前後のサラリーマン世帯と同程度にしてようやく貯蓄が出来るかどうかだろう。ちょっと教育費が高騰すると生活に圧迫感が出て、もう他の身内の生活を背負ったら節約生活しないと共倒れする程度。いや、つまりそれはうちなんだけど(苦笑)
格安〜大衆店でもトップクラス女子はかなり稼ぐけど、とは言っても客一人当たりの単価が相対的に安いから、どう頑張ってもピカイチトップの女子で月収は150万越えるかどうか。80万稼げたらかなりの売れっ子。そのくらいでようやく「瀟洒な生活」ってのは可能で、それ以下なら、事情があるところはあったりするしいわゆる「いい暮し」は実現が困難。


でも、このへんの感覚はあまり現場の女子の間でも持たれていないのだ。
もしかすると、自分が毎月だいたい幾らを稼いでいるか・稼げるのかを把握していない女子はかなりいるかも知れない。
それに、ずっと同じ勤務態度で働いていたとしてもこの業界、不意に稼ぎのスランプが来たりもする。
しかし、ここにいるオレ等と来たら、どうも「普通の暮し」ができないというか、そもそれを知らない人種が多いのだ。収入とライフスタイルだけは中流以上を取り繕ってはいたが、内実はギャンブル依存者と買い物依存者とアルコール依存症患者を産出し続けた挙げ句滅び行く家系に生まれたオレも、またそういう人間である。(ひどい話だが、オレはこの世とか生活への碇としてどうしても子供を持つ必要があったのだろうな。最近「なんだ猫でもじゅうぶんだったのか」と気が付いてしまったがまぁよかろう)


にしても。A嬢の子供達はこの先、どうなるのだろうか。
彼女は再び子供達を手放す事なく生活を立て直せるのだろうか。それは最初から彼女自身の問題で、外野がどうにか出来る事ではないのだが。A嬢本人の心情はさておき、彼女の子供達が事態をどこまで察知しているのか、これからどうなるのかが気になる。


そしてこの件、最初から悪意の人間はたぶん誰1人としていなかったのだろうが、どうして吉原では毎度毎度、誰かが誰かにちょっと手助けしようとかちょっと手助けしようと思ってそうしたとき、誰かが幸福になりたいと思った時、こういうことになってしまうのだろうか。
結果として、利用したのされたのという話にしかならない。せっかく手助けがあだになったり、善意が踏みにじられた形になってしまったりする。
もう何度か、こういうことを見ている。


こうも決定的に、人は人を助けられなかったり、人は変われなかったりするもんかね、オレも含めてそんなもんでしかないのかね。
はじめにそも「ほとんどの場合、オレ等一人一人がとりあえず自分自身さえどうにかできてない」というしんどい現実があるんだけど。それにしたって。