オレの場合は男女とも可能性がある(あった)訳だけど

家族の求心力がどうとか、滅多やたらな身内への出資者としての自分の責任の増大とか、そういうことからの影響はどうでもいい感じで、ああ、なんだこりゃ、とこの頃思う。
オレはもはや仕事以外でセックスをする必要を感じられない。男性とも女性とも、恋愛の相手として交際したいと思わない。


http://d.hatena.ne.jp/chimadc/20061022
「クラック嵐が丘」 ・セックス?そういえばそんなこともありましたね

しかもただでセックスしたいほど男子と情通じるという現象ももはや自分の人生でありえないんじゃないかね、という境地に達したことに近頃気付く。


他所様のこんな言葉に「それだよ」と膝を打つ始末。


「勿体ない」と思うからではなく、ただただ、もうその行為とその先の展開になんら希望が持てないと、そういうことで。
結構前に思い切りよく、至ってさばさばとした気分で「コレクション」と言えるほどの数を所有していたディルドだの成人玩具の類いをどかっと捨ててみたあたりからもうとっくにそれはそうだったのだが。


しかし、なんとも皮肉な事に、オレはいよいよ加齢しつつあっていよいよ自分の興味・関心は性行為から離れてしまったのに、そしてパートナーというものを持つ気も失せはて、そこに期待したいものもなくなってしまったのに、そうなった途端、ぼちぼち仕事が順調になりやがんの(爆)
ああ、オレはもうそこいらへんはとことんうんざりだとはっきり感じた途端、日々の生活のために金を調達するのがあっさり楽になりやがった。
ああ、こりゃ本当にもう、笑うしかないなねと、それに気付いた仕事帰りのバスの中でオレは苦笑いした。そういやあの夜もAnnie Lennoxを聴いていた。


随分前から漠然と推定はしていた。
ああ、多分恋だの愛だの男だのセックスだのにとことんいっぺん絶望した方が、風俗嬢とか水商売のホステスって言うのは稼げるだろうな、と。
オレふぜいですらそうなんだから、皆さんきっとそうなんだろうね。


追記・特定の誰かに絶望したというより、どれほどシステムに組み込まれて無自覚な害悪を垂れ流している男を批判する男も、そいつ自身がとことんシステムの外に逃げ出さない限り、彼の批判の対象と全く同じものに成り果ててしまうという単純な事実とか、そういうシステムの余りの強固さに、いよいよ唖然としてしまった、というところなんじゃないかと。この絶望感は。個人責めたってもう、どうにもなんねぇんだからどうにもなんねぇんだろうな、と。
そして、オレはそういうシステムの外と中をせわしなく往復している。
1度システムの外に出てしまった人間に加えられる「制裁」は、システムの中に絡めとられている人間にはまぁ、絶対に分からない。それは彼らが加えているものであるんだけど、彼らは無罪を主張する訳だし、実際彼ら「何もやってない」(それこそが最大の加害って話)んだよね。
何もやってないのがイノセントにつながるのは、人間、生まれたって事に関してだけなんじゃないかね。