ここは薮の中

真相を知るのは、角海老グループの経営サイドにいる人々と浅草署、あとは台東区保健所くらいなもんなんだろうけど。
お上はとにかく、情報喫茶や紹介所の類いを暫時でいいからなくして行きたいんだよな、というのははっきりしている。それが吉原の街に与えるインパクトはともかく。情報喫茶や紹介所ってもんが、往時のパワーがないからこそ今やりたい、のかも知れない。


まぁ、吉原と警察の今までのおつきあいの仕方をかんがみるに、角海老グループさんが摘発される前に、なんらかの違反事項(それが女子の店泊だったって話もあれば、最初から本題は紹介所の件だったって話もある)の改善要請が署の方からあって、経営者なり現場責任者なりと話し合いはあった訳なんだろうけど、その際、角海老グループさん側が、十分に警察側の顔を立てられなかったってのは間違いない事で。
役所に「立ててもらう顔」なんてもんがあるのかね、と、いつも思うんだけど。これがどうも、あるらしいんだよな。


同僚さん達からはいろいろな又聞きや推測の話が出て来ていて、「区立の台東病院が改築されたのに今回の件が関係しているのじゃないか」とか「あのへん(推定の話でいらん混乱が起きても困るから地区名は伏せる)のエリアのソープはとにかく潰して行くつもりらしいって話を聞いてる」とか、様々な話を聞いたが、うーん。
推測が噂になり、その噂がまた次の推測を呼ぶってのはどこでもそうだけど、吉原のそれはホントにとんでもないレベルで。
だから、何かが起きてもその当事者以外はすごく全容を知りづらい。

当事者が第三者に話す時には、もういろいろな核心が抜け落ちて、何かしらの脚色が入っている。ここのは特にそうだ。だから、かえって人から話を聞けば聞くほど、わけがわからなくなってしまう。
この吉原、店の数も、在籍女子の数も、まだ日本一の歓楽街ではあろうけど。ここに腰を据えている、ある程度以上の人間関係が築けるほど長居している人間は、たぶんそう多くない。みんな知ってる吉原有名人なんてのは、ほんとうにごくわずか。
だからこそ、そういうもんになるんだろう。


だから、その点でこのお話なんて、いまだにきっちりここのリアルようん。

吉原手引草 (幻冬舎文庫)

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ああ、そうだ。特にファミリータイプのマンションが、吉原を囲んでくるとおそろしい、と自分が思う理由について最後に追記しとこう。
今はまだ「あえてここにマンション買っちゃったし」という感じで諦めてあっけらかんと暮らしてくださっているのであろう家庭持ちの皆様だけど、それがここにもそこにも建った日には、いずれ「こんなに開発されて来たところにまだこんなものが残ってるなんて」と言い出しやしないかな、言い出しそうだな、言い出すな普通、と思うんだよねぇ。


実際はカタギ女性の皆さんもそこまで風呂屋とそこに出入りする人々を目障りに思ってなくたって、ほら、親が未曾有の健全性を有してないと、あっちからこっちからものすごく攻められる世の中じゃございませんか。もしどこかがひとたび音頭取っちゃって「地域の皆様の声」なんかを取りまとめられた日には、手がつけられない事になるんじゃないかと。
健全性をことさら抱え込まなきゃならない、アピールせにゃならない目に遭ってるこの時代のファミリー様にはねぇ、正直、この地には近付いて欲しくないんですよええ。

それでも色町は回ってる

友人が勤務している会社は、なんとこのご時世に夏だけで4ヶ月の賞与が出る、そうだが。そういう企業もある一方で、基本的には、皆様働いて働いて働いても「金一封」という感じなんでありましょうよ、今年の夏のボーナス。


それでも、年明けから2月3月の、じっと手を見るより他なかった閑散っぷりよりはいささかマシな吉原である。事件はあっても、事件と関係ない店舗は何事もなかったように営業している。あくまで表面上だけにしても。そういうもんである。
もっとも、「いささかマシ」は自分個人の稼ぎや在籍店舗の客入りから得た感触でしかなく、もしかすると平均をとればいまだかつてなく景気の悪い吉原になっているのかもしれないが。
自分が「お仕事頑張ります」やってる分には、まだなんとか食って行けて暮らしは立てられる。


角海老グループ摘発事件のあと、自分の通勤ルートではないので角海老・三浦屋さん両店舗が営業しているかどうかはいまだ確かめていない。
営業停止されるにしても、その処分が正式に言い渡されて営停期間が定められるまでは、基本的には営業は続けていていいもんらしい。
以前千束3丁目エリアの某店が営業停止された折りには(やはり早番女子の店泊が摘発理由であったと聞いている)、摘発から処分決定までの間もひたすら店を閉じていた。営業停止は避けられないとなった場合、そのように営業を自粛して強い反省の態度を見せる店舗もあるのだが、効果のほどは、どんなもんだか。
その某店の場合、3ヶ月くらい経った頃だったか、ひたすら閉ざされ続けているシャッターの上にようやく、四角の中にバツマークの「営停ステッカー」が出現した。
「うひょー、営業停止さらに8ヶ月かい」と、それを見て呟いたものである。
実質の営業停止はほぼ1年っておい!


通勤ルートにある数件の情報喫茶は、ガサのあと一瞬閉じたもののすぐに営業再開したところもあるし、直後には営業していたのに今は店を開けていないところもある。
各店のご店主達、判断に迷っているところなんであろう。
情報喫茶がどういうものかについては、また後述。


つらつら考えるに。吉原の地、赤線が潰されたのちにトルコ風呂が立ち上がり、今のソープランド街に至っている。なんせ、世界最古の職業の1つだそうだし、しぶといにはしぶといであろう。
歴史を顧みれば、公娼街への締め付けを厳しくすれば私娼街が手の付けられない事になり、結局公娼街への締め付け解除しましたなんつう事の繰り返しだし。
まぁ、ソープランドにいるのは公娼ではないが、保健所に警察に消防署、あらゆるお役所からの規制と認可を受けた上で営業している、そこに行けばどういうサービスが受けられるのか皆さんよくご存知の上でいらっしゃる、まこと摩訶不思議な店舗である。


こういう色街がお上から一番強く求められるのは、金の流れ云々じゃなく、お上の面子を潰さない程度に世の中から隔絶されてひっそりとやっていること、なのだから(なんて素敵な男社会ルール)、基本的には各店舗のオーナー達、うまくやるだろうとも思う。
なんせ、もうソープランドを経営するうまみなんてのはほとんどの店にはないはずで、今この街にある店、そしてこの街にいる女子は、自分も含めて「ここから引くに引けない」者達ばっかりなのだ。だから赤線解体したって吉原は吉原のまんまであった。そこいらへん、お上も理解してないわきゃなかろう。
…いや、ことここに至って「理解してないかもなぁ。どうも理解してないような気もするんだよなぁ」と感じるあたりが、不安なんだけどね。

「情報喫茶」とは何か

今回の摘発でなにかのついでのように警察の立ち入りを受けた、客を斡旋し「売春を幇助した」とされる施設、情報喫茶であるが。
そうか、世間一般には馴染みがないか、知られてないか、そういうもんなのかと思うくらいには業界の人になっているのか自分。


それはさておき。
情報喫茶とは、吉原のソープランド街の中心部より路地1本2本隔てて営業している、お客をソープランドの店舗に案内する事をなりわいとする店である。
かつては「情報喫茶」という看板をどこでも出していたのだが、以前に書いた通り、平成18年の春からは「情報」の文字は店頭から消えた。
が、どの店も独特のうさんくささを発しているたたずまいだし、特に名物メニューが張り出されてる訳でもないし、どこに行っても「ワンドリンク500円」だし、一般喫茶店との違いは、見れば分かる。


そのシステムとしては。情報喫茶を訪れた、お客になるつもり満々の男性は、まず、だいたいの場合情報喫茶のマスターなり店員から予算を尋ねられる。ここでの予算とは当然、遊びの総額である。
すると、情報喫茶は予算に見あった店舗に電話をして、ほどなくして電話をかけられた店舗のボーイ氏が女子の顔見せ写真を持って自転車ですっ飛んで来る。
そこで見せられた写真の中から女の子を選べば、皆さんめでたしめでたし。
お客には風呂屋さんから迎えの車が来て、情報喫茶は風呂屋さんから紹介料をもらう。そういう施設である。


今回摘発された角海老グループの紹介所というのは、有名店舗のブランド力をいかして、それをソープランド自ら直営でやっていたものである。
随分前に聞いたところによると、角海老グループさんは情報喫茶経由でやって来たお客の場合、女子が受け取るサービス料から情報喫茶への紹介料をさっ引くらしい。通常の場合は、店が入浴料から情報喫茶への紹介料を「泣く」ものであるのだが。角海老グループはそうじゃない、と、かつて在籍していたという女子が怒っていたので、記憶に残っている。
そういうお金に敏感なグループであるなら、まぁ、自前で紹介所を設けたのも納得はできる。
タクシーの運ちゃんによれば、角海老グループの案内所にお客を連れて行くと、紹介料はもらえないが段ボール箱いっぱいの角海老宝石グッズ(ライターとかポケットティッシュとかそんなもんらしい)をもらえる、とのこと。あくまでお金は払いませんの姿勢であるな。


その他にも、吉原では特定のグループの直営であると噂されている情報喫茶があったりしたし、今でもあるのかもしれないが。今の自分の在籍店舗がそういうところを持っていないどころか、あまり情報喫茶とおつきあいをしない、角海老グループよりもさらにケチな店舗なので、最新事情はオレにもわからん。
さすがに今はもうないと思いたいが、情報喫茶やポン引き経由のお客の場合、本来のプレイ時間を10分20分それ以上短縮する、「時間ぼったくり」の店も存在していたと聞いている。紹介料払った分、きっちりサービス引くよ、ってことね。


かつて、特にバブル期そのちょっとあとくらいまでのまだまだ吉原の景気が良かった頃は、情報喫茶はまさに「情報」喫茶で、特に人気のある女子の店舗移籍情報をきっちりフォローしていたり、今日は特に遊ぶつもりはないんだけどという冷やかしのお客にも常設の女子アルバムを持っていて見せていたり、入店や移籍を考える女子に、今お客入りが良い店を紹介したりと、様々な使われ方をしていたらしい。
が、今の情報喫茶は、基本的にはひたすらただの「ソープランド案内・紹介所」である。
そういう、もはや勢いを失ったところから叩くというお上のやり方は、確かに気分のよろしいもんではない。そりゃ、さぞ目に見える効果は出やすかろうがなぁ。


ところで、話は大きく脱線するのだが。
近年吉原にいて気になる事がある。さすがに吉原のメインストリートの店が取り壊されたらコイン駐車場あるいは月極駐車場ができるのがほとんどだとしても、ごく一部の店舗が存在している千束3丁目エリアや吉原大門付近に、次々と分譲マンションが建てられているのである。オシャレ賃貸も増えてるな。
さすがに多くは1LDK2LDKどまりの、単身者あるいはDINKSカップル向け物件であるのだが。ここ10年くらいの間に建ったマンションの中には、明らかにファミリー向けの物件が幾つかある。


で、そういう、斜め向かいにソープランドが営業しているマンションの玄関前で、生協の共同購入品を幼児を遊ばせつつ仕分けする奥さん達、を見つつ通勤する自分がいるわけであるが。
…何年やっててもシュールな気分になるんだよなこれ。
さすがに、自分が幾ら家族に職業カムアウトしていても、ソープランドの看板が見えるところに住まうのはきつい。これは勤めている人間だから思う事なのかもしれないが。
しかし、ともあれファミリーの皆さんどうやら割とあっけらかんと、ソープランドがお向かいにあるマンションに暮らしていらっしゃると。


それはさておき、ソープランドが地元企業として存続させておくのにうまみがなく、それだったらマンション建てて住民税徴収を増やした方がマシだとお上が考えた場合は、さて、ここはどうなるんだろう、とか、当然考えずにはいられない。
このラインで吉原が潰されて行く可能性については、うん。つくづくとぞっとする。
が、吉原の路地裏の分譲新築一戸建てが、この不景気のせいもあろうが長らく売れ残っているのを見ると「いやいや、この世にそんなに物好きは多くない。大丈夫大丈夫」とも思う。