半病人が世に出るためのコストは高い

このところ、冬鬱がおいでになって、居座っている。
1年最後の月になって、通勤のためのタクシー代やら、弁当を詰められなかった故の出前代金が突出。しかし、多少(2分とか10分とか)の遅刻はしても、仕事には出ている。
サイドバーに表示させているグラフを見ればお分かりの通り、自分にはいまのところ年末繁忙期らしい忙しさはないが、収入はぼちぼちと堅調ではある。これでいい。


とにかく、なにをしていようとオレはいつだって未来が漠然と怖いし悲観はやめられないだろう、と、一通り諦めて、楽になったところもある。鬱という気分はやってくるのだ。やってくるものなのだ。
年の最後は、気分がひしゃげてしまった時にかかるコストについて、自分が世の中に出るにあたってしょうがないものなのだと諦める作業の日々である。
タクシーで店に行って昼飯は出前でも、ちゃんとプラスが出る仕事でせめてよかったぜと、せめて苦笑い。
毎日仕事場への往路だけでもタクシーにして、昼食は出前とってとなると、これだけで月に4万円の出費になってしまう。
さすがに実際は毎日になってはいないが、そりゃーまー、病人はなんもせずに家で寝ていろって話になっちゃうわな。さらに往復タクシーなら、普通のバイト3時間余ぶんの時給がかっ飛ぶのか。
自分の出勤1時間あたり、平均3千円稼げれば上等と思っているし実際そうなのだが、それでも1時間分が不意になるのねん。


気分の落ち込みはどうしようもなくやってくるものだけど、初動段階での反省もある。
ベーチェットの方はだいぶ落ち着いているとはいえ、まだしばしば38度近い高熱やら関節の痛みが出る。時折、そこそこひどいはらくだしもする。
何年もこれをやっているゆえ、ケアがぞんざいになってるのだな。もっと早くに飲める状況にあったのに、痛み止めを飲むタイミングがいささか遅すぎたとか、帰宅して夜が更けてもどうせ眠れないからと、さっさ体を休めずに何かどうでもいいことをあれこれやってしまっていたりというの、よろしくなかった。
痛みも、気分の落ち込みを連れて来る大きい要因なのは知ってるくせに、痛みそのもののやり過ごしに慣れてしまってきているものだから、ついつい。*1


久々に家計簿をつけて、どうやらなんと付け通せてしまえそうな今年は、時々ひしゃげる自分にかかるコストを見つめる1年でもあった。

*1:困った事に、鎮痛剤も鬱を連れてきやがるけど。痛いのに比べたら当然、まだ痛くない方がいろいろマシ