テレビの住人は家族よりも近くて、天国よりも遠い

初恋の人、であるのかも知れない緒形拳氏が先月亡くなった。
5日の夜に亡くなって、死去の報道があったのが自分の休日である火曜の朝。あの朝、うちの子供達はオレの「緒形さんが亡くなっちゃった!」という絶叫で起こされたという。あの休み2日間は、まったく呆然として過ごしてしまった。


個人として面識があった訳でもない、ただこちらに一方的な思い入れだけがあった人の死がこうも悲しいというのは、どうなんだろう。
悲しみや欠落感は、うっかりしなくても、なにかと確執があった父の死後よりもはるかに強かったりする。しかし、こうも純粋に悲しめるという事が、その人とオレとの距離を示してもいる。


ファン歴は30年ほどになる。実家が新築されてカラーテレビが来て間もなくの頃夕方に必殺シリーズの再放送をしていて、必殺仕掛人、必殺必中仕事屋稼業を連続で見て、決定的にファンになった。
あの「にかーっ」という人たらしの笑顔に、当時小学校1年か2年の自分も魅入られてしまったのである。
まぁ、単発のテレビドラマでは、いまだ「海の群星」が一番好きだけど、きっかけなので、必殺シリーズには何かと思い入れが深い。


この1年、そこそこのファンとしては、緒形氏のプログは見ていて怖かったというか辛かったというか。
彼は、多分大阪に行った折には2日連続で焼き肉を食べに鶴橋に通っていたそうなので、鰻も大好きだったそうなので、そういう食性であったのだろうと思うのだが、それがマクロビオか正食か、とにかく玄米菜食方向にいきなりシフト。
それで、「緒形さんはなんの養生をしてるんだ?」とまず思案して、NHKの自然ドキュメンタリー「プラネットアース」や、民放放送での「素敵な宇宙船地球号」を見て、その痩せっぷりにざわざわしていた。


動物性蛋白質をまったく摂取しないという極端な方向にまでは行ってなかったが、陰陽の考え方なぞをかなり取り入れていたようだから、あれは正食のメソッドだったんだろうか。
慢性的な病を得て体感するに、一定レベルを超える菜食は、まだ活動する余力があるだけの病人には特に向かない。身体がそれを受け付けられるうちは、病人はしっかり肉も含めて食べるべきだ。健康体の人間より、はるかに消耗激しいんだから。
しかし、もう1つ考えるのは、「きっちり死ぬ事もまたきっちり生きる事であるなら、ああいう終わり方の可能性も見越した上であの食養生をやったのかも知れない」ということ。自分も、年を取ったら静かに苦痛少なく枯れるために、枯れて行けるような食生活にしようとか、ここしばらく思っているので。


さらに余談になるが、ガンに至る前の肝炎という病気を緒形氏が得た事について、ひとつひっかかっている事がある。
テレビ朝日が何度かやっていたスペシャル番組「ネイチャリングスペシャル」の「印度漂流」で、確か緒形氏はガンジス川にざぶさぶと入っていた記憶があるのだが、まさか、肝炎になったきっかけはあれじゃないよね、と。
阪神が優勝したりすると道頓堀川に飛び込む人々がいるが、ああいう、まったく泳ぐべきではないような日本の川でも肝炎ウイルスに感染する場合がある。是非やめていただきたいものだが、ましてガンジス…。いや、緒形氏本人にはきっとそうであっても後悔はないんだろうけど。


ともあれ、よく生きよく演じた人であった。
緒形氏、あちこちで「へたくそ」と言われたいと言っていたが、ある程度の年齢になってからは「ああもう緒形さんって、いつも芝居がやたら大きくて、ああもうこれだから舞台の人はテレビに向いてない」とか言いつつ見ていたファンが、ここにいる。
現在新宿ピカデリーにて、緒形拳追悼上映特集をやってくれていて、今週で2週目なのだが、先週からせっせと通っている。
多分、4週間しっかり最後まで通い続けるだろう。


すでに観たものだけ紹介しておく。

必殺仕掛人 梅安蟻地獄 [DVD]

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映画版は、テレビドラマよりかなり池波池波している。
映画冒頭の、夜の江戸の町を歩く梅安さん、頭の中にあの池波正太郎の風景描写の文字が浮かぶようである。
女たらしの梅安さんがたびたび浮かべる人たらしの笑顔に、ぬらりひょろりとした自己韜晦。そして、女性にすがらずにはいられない仕事前。ああ。

鬼畜 [DVD]

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どうしようもない凡庸な男をやる緒形氏。ただうろたえるだけ、ただ流されるだけ、ひとつとして踏ん張りどころがない主役なのだよなぁ、これ。
まぁ、何一つやりおおせて来ないままだったであろう彼は、映画の中では、結果として最後までやりおおせられない自分であった事で救われるんだけど。
かつて誰からも守られなかった男は、かつての自分がそうだったから、ついぞ子供が本来守られるべきものであるということにピンと来ないままそれをできずに進んで行って、最後は子供に守られちゃうんだよな。親子愛とかそういうものの前に、そういう話なんじゃないのかこれ。